カラダの細胞や魂が喜ぶ、いのちのつまった野菜つくりを追求し、自家採種、無肥料、自然農、自然農法、自然栽培を実践中。農薬を使用しないのではなく、そもそも使用する必要がないことが健康の証です!


by shizenchiyuryoku

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下ノ畑二行ッテ来マシタ

岩手県へ旅行をすることになり、花巻に立ち寄りました。
花巻といえば、宮沢賢治ですね。

私は特に宮沢賢治の信奉者ではありませんが、好きですし、なんとなく自分に似た面を感じてしまうところがありますから大いに気になるのです。

そこで、有名な「下ノ畑二居リマス」の下ノ畑を見学するとともに、彼と農業について調べてみました。

「下ノ畑」はこんなところでした。印象としては、
とても気持ちのよい場所であること、
こんなにも北上川に近ければ氾濫することもあっただろうなということ、
現在の土はあまり良くなさそうである(今の管理がどようにされているかわかりませんが)。


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彼の多才な経歴は他の多くの文献に任せますが、農業との関わりに限り簡単に紹介すると、1915年入学の盛岡高等農林学校で土壌肥料学を学び、1921年から花巻農学校の教員となり、そして1926年30歳の時に羅須地人協会を設立し、祖父の別荘地で百姓となり畑の開墾・自給生活をはじめる。しかし27年には危険思想として取調べを受け、活動は終わり、その後は農村のために無料の肥料設計や農事相談を行った。1933年37歳の若さで肺炎のため死去となりました。

「彼は有機農業でなく近代農業の推進者である」というのが通説であり、実際に彼が肥料設計を行った際に化学肥料をすすめていました。
確かにそのとおりですが、彼が生きた当時の時代背景を考える必要があると思うし、また彼の「世界がぜんたい幸せにならないうちは個人の幸福はありえない」といった思想を考えれば、自分だけが儲かればよいといった現代の経済優先主義の風潮とはまったく別のものであると考えられます。

彼が生きた1913年にはドイツで世界初の大型アンモニア合成工場ができ、日本でもドイツから硫安という化学肥料を輸入していました。
1930年ころには国内でも安価に製造ができるようになりました。
つまり、それまでの伝統的農業から一気に化学肥料を使用する近代農業へ移行する時期であったのです。

また、彼は日露戦争と戦後恐慌、、第一次大戦、そして世界恐慌や昭和恐慌、満州事変という激動の時代を生きており、さらには数度の東北冷害を経験しています。

そういった時代の中で、「・・・今の農家は経済生活に忙しくて農村に潤いがない、此の乾びた農村に潤いと味わいと色彩とを与えるには先ず経済生活を潤沢にして後精神生活に覚醒を来させるも一方法である・・・」と考えた彼が、豊かさを求める農民に対して化学肥料を使うなと言えなかったことは考えられます。
実際に彼は、相談者が博打のような農業を考えないのであれば、化学肥料に頼らず堆肥を使った栽培を助言しているようです。時代の流れの中で、彼は化学肥料の使用についても一時的な効果との間で悩み苦しんだのかもしれません。

また彼は、冷害で一気にダメージを受ける稲作のみでなく、冷涼な東北に合う商品作物の生産を推奨することで農村を豊かにすることを考えていたようです。
実際、「下ノ畑」では、70歳になる農業の大先輩に「お前の畑はキャベツなどより、にんじんやごぼうのほうがずっといい」といわれながらもキャベツ、たまねぎ、とうもろこし、雪菜、トマト(当時は珍しかった)、アスパラガス、白菜、燕麦、チューリップ等々を生産していたようです。当時の賢治を知る人は皆、彼の畑の作物の出来はよかったと言っています。これらは単に西洋の新物好きというより、農村が商品作物を生産することで繁栄することを願い、実験的に実践したのかもしれません。
ただし、私の自然農法体験から察するに、それらの西洋野菜は石灰や化学肥料を使用しないと生産できなかったと確信します。


時代の荒波の中で、化学肥料を結果的に推進した賢治。今の私たちは、化学肥料が及ぼす害を目の当たりにしているので批判もできるけれど、生産が飛躍的に伸びる化学肥料の導入期であったなら、それを使うことをどこまで反対できただろうか、とも思う。
またもし彼が今生きていて、化学肥料が何の迷いなく使われ、結果疲弊した土や作物や人間を見たらどう思うだろうか、と考えます。




追伸)そういう意味では、ほぼ同時代の1935年に自然農法を提唱した岡田茂吉は本当に特異な人物だと思うし、その流れで今の自分の気付きや農法があることに感謝します。


参考図書は以下。









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by shizenchiyuryoku | 2015-08-22 19:57 | Comments(0)

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