カラダの細胞や魂が喜ぶ、いのちのつまった野菜つくりを追求し、自家採種、無肥料、自然農、自然農法、自然栽培を実践中。農薬を使用しないのではなく、そもそも使用する必要がないことが健康の証です!


by shizenchiyuryoku

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カテゴリ:基本的な考え方( 26 )

自然農法の土つくり2

新年あけましておめでとうございます。

昨年のノーベル賞では、微生物から医薬品を開発した大村智さんが選ばれました。受賞された時に大村さんは「私の仕事は微生物の力を借りているだけ。私自身が偉いことを考えたりしたのではなく、すべて微生物のやっている仕事を勉強させていただき、本日まで来た。微生物のおかげです」と謙虚にコメントされた。

もちろん大村さんの大変な努力があったことは言うまでもないことだけど、一方で全くおっしゃるとおりだと思います。私たちの世界には無数の微生物が棲むが、ほとんどは未知で、知られているのは全体の数%といわれています。微生物は外的から身を守ったり有機物を分解したりするため、いろんな化合物を分泌する。人間に役立つ化合物が医薬品に利用されるわけです。

そして、私の畑の場合も同じである。「土つくり」というけれど、正確には「微生物のすむ環境つくり」です。また、「無肥料」栽培であるものの、「無栄養」栽培ではない。では、なにが作物に必要な「栄養」を作り出すのか。そこを日本人なら知ってほしいし、先祖の知恵と現代の科学の両方を勉強してほしいのです。

私の現在耕作中の畑は今年で10年目になります。一切肥料を入れたことはありませんが、年毎に作物の出来が良くなってきています。里芋などは、今までに食べた中で一番おいしいとびっくりされます。自分でも世界一だと自負しています。売るとしたら市価の10倍です。なぜ出来るのでしょう?

私は、本来の土が持つ地力と、植物自身が自分の周りの環境を変える力と、微生物が作り出す栄養分、そして微生物や小動物や雑草や作物の根の不思議で驚異的な共生が理由であると確信し、それらの共生環境を保つことに注力しています。
微生物の働きには未解明のことが多すぎると思いますが、すでにわかっていることもあります。石油や化学物質に頼らず、自然界の理(ことわり)を正しく理解して、環境や人体に悪影響を及ぼさない、本当においしい、伝統的な根本原理を生かした農業が普及することを願っています。

ブログ更新はあまりできていませんが、畑環境や作物は確実に良くなっています。
本年もよろしくお願いいたします。






by shizenchiyuryoku | 2016-01-11 11:25 | 基本的な考え方 | Comments(2)

ゆく河の流れは絶えずして

天気の良かったゴールデンウィークも過ぎました。

毎年のように書いていることですが、3月から4月の菜の花が咲き乱れる時期は強烈な感覚を覚えます。種を採るために咲かせている花は、モノ(種を手に入れる手段)としてみてしまうところもあるのですが、あえて交雑させて自然に任せている菜の花の近くに立つと、一種のトリップ覚醒状態になります。

春の日差しを温もりとして体で感じ、逆光の中で茎や葉の輝く様子を見て、そして蜜を求めて飛び交う虫たちの羽音を連続して聞く。そうして心を静かにすると、今自分が現実にいるのではなく、別の世を見ているかのような感覚になるのです。

その世は、自然の理がすべてであり、あるいは神のもとへいく世界なのかもしれませんが、とにかく人間の理屈は一切関係のない世界なのです。

時間はゆっくり流れ、しかも規則的に繰り返され、ある生き物が生まれ、変化し、死ぬ。そして新たな生き物が生まれ、繰り返す。すべての生き物は生きるために必要なことを為すだけです。

植物は、自身の子孫を残すために、花を咲かせ、昆虫を呼び込んで受粉をし、種をつくる。いままで自らの成長のためにつかってきたエネルギーを、種を残すために使い切る。そのために、葉は光を受けて光合成をし、根は養分を吸収する。すべての器官がその目的のために活動しています。

今年、その世を見つめてトリップ状態で思ったこと。
現代に生きる私や私たちが選択している暮らし方や政治、経済優先の社会など、疑問に思うことは多いけれど、長い歴史の中で(人間の歴史あるいは生命の歴史)は、間違った選択をすることもあろうけれど、長い目で見れば、絶えず変化をし、行き過ぎがあれば修正があり、大河の流れのように流れていくのかな、ということ。だから、小さなことにこだわりすぎず、抗うことをせず、生命を全うすることに集中すべきなのかと思ったのです。このことが、正しいとか、一生変わらないもの、とかではなく、ただ菜の花のその世を見て感じたことです。

さらに思い出すのは、「無常」の考えです。無常とは、物質も心も一切のものは一時的に存在しているだけであって、瞬間瞬間で変わっていくものであることです。古くはブッダの教えであり、また方丈記や平家物語を思い出します。


「方丈記」
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。

知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。


「平家物語」
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し
猛き人もついには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ。


そういうことを全身で感じられるのが、菜の花の季節です。(ただし、F1種や遺伝子組み換え等で種ができない植物は既に生物ではないのでなにも感じない!そして、ネオニコチノイド系の農薬使用でみつばちや虫が来ない沈黙の春の畑にも、絶対にこの世界は訪れません。さらに作物を換金商品としてだけ扱い、種を採らない畑にも、この世界は訪れません。)
「無常」を盛者必衰という悲しい見方でなく、自然の理にあったものを選択すれば明るく希望に満ちたものとなるという見方でいきたいと感じてます。

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すでに開花の最盛は過ぎ、さやをつけている菜の花。手前はさやえんどう。




by shizenchiyuryoku | 2015-05-09 21:36 | 基本的な考え方 | Comments(0)

学会で認められる不耕起・草生栽培


独立行政法人 農業環境技術研究所主催の公開セミナー「農業生産を支える土の中の小さな生物」を聴きに行ってきました。


セミナー開催趣旨および講演内容をパンフレットから引用しますね。

「農業環境技術研究所は、環境にやさしい農業技術の開発のための基礎技術として、農耕地に生息する微生物・小動物の多様性や機能を長年研究してきました。このセミナーでは、この分野で先進的な成果をあげている研究者をお招きして講演いただくとともに、農業環境技術研究所で得られた研究成果を交えて、農耕地の微生物・小動物の機能や多様性を明らかにする研究や、土壌生物の機能を持続的な農業に生かすための研究を紹介します。
 普段目にする機会は少ないのですが、畑の土壌には多種多様な動物や微生物が生息しています。農作物に害をもたらすものもいますが、良い働きをするものや、機能がよくわかっていないものもたくさんいます。
 果樹園や自然栽培の畑など、耕うんを減らしたほ場では、とくにこうした土壌生物の多様性が変化し、さまざまな機能を発揮していることが明らかになってきました。今日、こうした土壌生物の機能を利用して、環境にやさしい低投入・持続的農業生産への移行が叫ばれるようになり、さまざまな生物の有用な機能を農薬や肥料の代替として活用して、減化学農薬や減化学肥料のために役立てようとする研究が、さかんに進められるようになってきました。

開催概要
主催: (独)農業環境技術研究所
後援: 日本土壌肥料学会、 日本土壌微生物学会、 日本土壌動物学会、 日本線虫学会

講演内容
「やっぱりミミズのいる土は良い土だった ―土壌生物が植物の生長を支えるしくみ―」
  金子 信博:横浜国立大学
「農地におけるミミズの役割」
  金田  哲 :(独)農業環境技術研究所
「カバークロップ利用と不耕起栽培による炭素蓄積と土壌生態系応答」
  小松崎 将一 :茨城大学
「農耕地土壌における線虫の生態とその利用の可能性」
  岡田 浩明  :(独)農業環境技術研究所
「農法が土壌線虫の多様性に及ぼす影響」
  荒城 雅昭  :(独)農業環境技術研究所
「農業における植物内生菌の可能性」
  杉山 修一 :弘前大学
「微生物相解析結果を用いた土壌病害の診断」
  對馬 誠也 : (独)農業環境技術研究所

引用おわり



ちょっと専門用語が多いですが、一例だけご紹介しますね。

 茨城大学農学部の小松崎将一教授は、耕うん方法とカバークロップ作付との組み合わせによる耕地内循環システムの研究等を行っています。
 畑作の休閑期間中を利用して栽培されるカバークロップは、圃場での有機物生産を通じて、土壌にとって不可欠な土壌有機物(腐植)を供給し、さらに有機態窒素供給による肥料的効果,土壌表面被覆による風食防止、残留窒素の回収による窒素溶脱防止、アレロパシー作用による雑草防除、有害な線虫の抑制など、化学肥料や農薬への依存度を下げ、土壌を肥沃化させる多面的な効果がある。としています。
 カバークロップ利用で微生物数は増加し,不耕起栽培では土壌表層で増加した。大型土壌動物は不耕起栽培で増加した。土壌動物はカバークロップ窒素の利用を促進し、不耕起とカバークロップの組合わせ利用で耕地内の窒素循環促す土壌生態系を構築する可能性が示唆された。

このような内容を表やグラフ、写真等を使用しながらわかりやすく説明してくださいました。また、大学内での10年に及ぶ実験だけでなく、自然農を実践する農家の畑も調査し、多くの有意なデータを提供してくださいました。

また、弘前大学の杉山修一教授は、奇跡のりんごで有名な木村秋則さんの畑を10年以上調査されているし、
横浜国大の金子教授も自然農の川口由一さんの赤目塾の畑を調査されています。



私はすごく嬉しかったです。

今の農政は、大規模化や生産効率(=経済効率)に特化した方向に進んでいると思っていました。従ってアカデミック(学会)も当然のように、その方向の研究(農薬や化学肥料の研究、遺伝子組み換え、あるいは土を使わない農法等)ばかりに費用をかけているものだと思っていまして、要するに私が追求している考え方や自然共生のメカニズムを活用する農法なんて、変わり者の少数派が細々とやる方向へ追いやられているのだ。このような方向は、今まで独学で学んできたし、これからもそうであろう、と思っていました。

ですから、学会がこのような趣旨でセミナーを開催すること、そしてバックにはもちろん農水省がいますから、官学がようやく少しづつ動き出したのだ!と感激したわけです。
ちょっと大げさですか?

講演された内容の一部は、すでに私が今まで体験して確信を持っていることでしたが、私がそれを他人に伝えようとしても、農薬化学肥料消毒の慣行農家や、資材が違うだけで基本的考え方が慣行と変わらない一部の有機農業者にはまったく伝わらないのです。私もそうですが、誰でも自分のやり方は良いと思っているから。ですが、学会や農政から客観的データとして提供されれば、少なくとも頭の中では客観的に理解するわけですよね。(感情的に、あるいは別の要因でやり方を変えないことはあるでしょうが)。

「草はとらないと駄目だ。」
「肥料をやらなきゃ作物は育たない。」
「農薬なしでできるわけがない。」
「畑は草ひとつなく、きれいに使わなければならない。」
等の今までの慣習は、客観的事実の前では、何の裏づけもないものに変わるわけです。

今回のセミナーの内容に関して言えば、
「不耕起・草生栽培や無肥料栽培、自然農、自然農法、自然栽培が、実際の実験データによって認められた」ことになります。
さらに、それによって栽培された作物は、栄養成分や品質において優れていることもおっしゃっていました!(パリのグランシェフに食べてもらいたい)


今までも、例えば、
団粒構造の土壌が優れていること、
窒素は自然共生のメカニズムで循環していること、
微生物(菌)と植物の根との共生関係
等々について解明され、文献としても出版されていましたが、今後はこの分野の研究が加速度的に進むことを、そして研究成果が産官学そして農家へと早く普及されることを、心から願っています。



話変わって、私の畑。
大麦とカバークロップの雑草たち、菜の花とカバークロップの雑草たちも共生してるね!
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by shizenchiyuryoku | 2015-03-21 21:35 | 基本的な考え方 | Comments(1)

安心安全な野菜は種で選ぶべし

前回の記事で、農法とタネのどちらも大切である、とお伝えしました。
今回は種のことを書きます。

結論をいえば、無農薬野菜であれば安心と思って買っても、その野菜がこれから紹介する種でできていれば安心ではありません、という話です。

ご紹介するのは、野口種苗の野口勲さんの種の話です。
このブログに訪れる方はご存じの方が多いと思いますが、先日、日本有機農業研究会主催の講演会でお話を伺う機会があったので、野口さんのお話しと私の考えを織り交ぜて紹介します。


現在、一般の流通で購入できる野菜はほとんどがF1種でできています。
1924年にF1ナスが開発され、1940年代以降、特に高度経済成長とともに急速に普及しました。

そもそもF1種は、生産者と流通の経済効率(平たく言えば金儲け)のために作られました。
決して消費者の安心や作物の食味を良くするための目的ではないのです。

農家にとっては、発芽も生育スピードも揃うために作業管理がしやすい。
生育スピードが早いため、畑を高回転で利用できる。
形状がまっすぐで大きさも揃うので、流通の段ボール箱に合わせられる。(まるで工業部品)
流通過程の保存性が良いようにしてある。(=皮を固くする)
外食産業にとっては、個性がない均一な味のため、調味料で好きに味付けがしやすい。
加工業者にとっては形が揃っているので製造工場で加工しやすい。
種苗会社は毎年種を買ってもらえるし、交配の特許で高く売れるから嬉しい。

なので生産者、流通業者、加工業者、外食産業、種苗会社にとっては金儲けのための効率が良いです。
だけど、消費者にとってはなんにも良くはない。
なんといっても味も香りもない。種類によっては生産側の理由で家畜用の作物とかけあわせるものもあるくらいです。食感も固くて筋張っている。だから皮をむいて食べなければならない。

ちなみにF1に対して固定種とは、種苗会社や篤農家がプロの技術で味や形などの特徴を固定化したものであり、種取りしてもその特徴をつないでいけます。
また、在来種とは、農家が代々種を取ってきているが、粗野なやり方のため多品種と交雑し雑種化したものですが、やはり種取りして特徴を繋いでいくことができます。


さて、F1種の作られ方の説明をします。
F1種は先にあったようにそもそも経済効率のためのものです。元は素朴なものでした。
しかし、その交配手法も経済効率を追い求めた結果、現在主流になっているやり方はとても恐ろしいものになっています。ここが今回のポイントです。

時系列で順に説明します。

「人為的除雄」
・1924年に埼玉県園芸試験場で開発される。
・手作業でおしべを抜いて、めしべに別の花粉をつける方法である。
・手間と人件費をかけた方法である。

「自家不和合性の利用したつぼみ受粉」
・1950年くらいから行われる。
・自家不和合性をもつアブラナ科でも、成熟前なら自家受粉するという特性生かし、クローン化することができる
・手先の器用な日本人らしい手間のかかる方法。

「二酸化炭素のつぼみ受粉」
・ハウス内に、通常大気中の100倍以上の濃度の二酸化炭素を入れる
・そうすると種の生理が狂って自家受粉し、クローン化ができる
・上記のつぼみ受粉を手間をかけずにやる方法

「放射線育種」
・種に放射線を当てて、遺伝子を傷つけて突然変異を起こす方法
・これは怖いけど、ジャガイモに放射線で芽だししないようにしてあるのは有名。
(買ったジャガイモがいつまでも芽が出ないのは異常ですよね)

「雄性不稔」
・1925年にアメリカでおしべのない異常な玉ねぎが見つかった。FI商品として発売されたのは1940年代。
・雄性不稔はミトコンドリア遺伝子の異常である。
・要するに人間で言えば無精子症の男のようなものである。
・その異常性は母系に遺伝される。代々の子供は雄性不稔の異常個体となる
・この方法によって、人為的除雄のように手間をかけなくても簡単に交配の片方ができたことになる。交配の効率は良くなった。
・雄性不稔の作物は野生の動物は食べないようだ。タキイの向陽2号(多く生産されているニンジン)は野ネズミも食べないらしい。
・今では海外でのF1交配方法の主流である。日本で売っているタネは海外で作られているもの多いから当然この方法で作られている。日本のタキイもサカタも自社海外農場で交配している。
・雄性不稔でつくられた作物は元はタマネギやニンジンであったが、今ではとうもろこし、ねぎ、大根、白菜、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ししとう、ピーマン、なす、おくら、春菊、レタス、いんげん、てんさい(砂糖)、米(ハイブリッドライス)等にも拡がる。


「遺伝子組み換え」 は論外なので今回は軽く紹介まで。
・雄性不稔よりもっと開発スピードを速め、いくらでも掛け合わせが出来る、生命を冒涜するもの。
・モンサントやアメリカ政府は安全と言っても、カール大学の実験でマウスでがん多発している事実がある。
・以下の信じられないことが行われていると別の講演会で聞いた。信じられない。
  ・多収のために、芽キャベツにネズミ(多産)の遺伝子を入れる。
  ・殺虫のために作物にサソリの毒を入れる。



さて話を戻します。
雄性不稔のことを考えると、私はふたつの大きな疑問が浮かびます。

ひとつ目は、傷ついた異常な遺伝子をもった作物を食べ続けても動物には影響がないのか、です。

野口さんは、アメリカでミツバチが消える奇怪な事件の理由を、ミツバチの雄に異常が起きたためではないか、との仮説をもっています。

一方、人間の男性の精子が減っている、という報告が各国からされています。
コペンハーゲンの大学のニールス・スカケベック教授が、過去の50年にわたって精子の数が約半分に減ってしまったことを示すデータを提示した。1940年代の精子の数は1ミリリットルあたり1億個以上の精子細胞だったが、それが1ミリリットルあたり平均約6千万個に減少したことを発見しました。
また、2013年のフランスの最新報告では、15万人について1989年から17年間のデータを解析したところ、精子数が毎年1.9%減少していたと言います。

雄性不稔のF1種が普及しだした1940年代と合致する気がしますが、どうでしょうか。


二つ目は、一般の消費者は優先不稔でタネが作られていることを知らないでしょうけど、同じように生産者、流通業者、加工業者、外食産業も知らないということです。
有機農家でもF1のタネを使う人は多くいます。
このように消費者も生産者も何も知らされずにいることって、無茶苦茶怖くないですか?

知っているのは世界の大資本種苗会社だけです。
彼らは儲けるためには何でもします。タネを(食料を)支配すれば膨大な利益と、そして絶対的権力を手に入れられます。



「まず種から始めよ」の石井吉彦さんの本に書いてあったことですが、自然農法の同じ畑でF1種と種取を続けている種の2種類の小松菜を作った。化学物質過敏症(一般人と比較して、とても敏感なセンサーを持ちます)のお客さんは、F1種の小松菜は食べられなかったが、在来種の小松菜は食べられたと。
同じ畑でこれだけの違いがあるのです。タネの違いが原因であることは明確ですね。

危険な手法で作ったタネの野菜は、適量の農薬散布より安心できないと私は思いますが、皆さんはどう感じますか。

これからは、野菜を買う時に、どういう種で作ったものかを知って選ぶべきです。
一般市場ではそんな表示もないし、そもそも固定種の安心な野菜はほとんど流通していません。
ですから、自分の安心ルートを作ることが大切なのです。



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アブラナ科の種取りにチャレンジするため、防虫ネットの蚊帳タイプを特注でつくりました。






by shizenchiyuryoku | 2014-03-19 20:57 | 基本的な考え方 | Comments(2)

無肥料栽培は美味しい!

旧暦の正月を迎え、ようやく春の日差しを感じるようになりましたね。

畑の冬野菜は、旬が過ぎたものもあるけれど、皆元気です。
特に葉物や大根は寒さで甘みが増し、びっくりする美味しさです。
つくっている本人が言っても信じないでしょうが、本当にそう思うので今回は恥ずかしがらずに書きます。美味しくなければ、どんな理屈も説得力が無いと思いますから。


昨年暮れあたりから何人かの方が畑にいらっしゃいました。
畑に来ていただいた方には、説明だけでなくその場で食べていただくようにしています。「つまみ食いツアー」と言って、生えている野菜の葉などをその場でちぎって食べていただきます。
どんな反応をされるのか、こちらとしてはどきどき半分、期待半分で眺めている訳です。

最近は「おいしい」「甘い」と言われるのは当たり前で、
「今までの野菜はなんだったのか」「次元が違う」「やわらかい」「歯ごたえがしっかりしている」などの声もいただけるようになりました。嬉しい瞬間です。


今の畑は8年目を迎えました。自分で感じることと周りの声を参考にすると、7年目の昨年から特に味が良くなった気がします。噛みごたえなどの食感がしっかりしていて、噛むと甘みや作物本来の滋味が感じられ、おなかや細胞が喜んでいる感覚があります。


美味しい理由の一つは、栽培法です。つまり無肥料で自然界の生態系循環の中で養分が自然供給されるよう育てていることです。有機肥料を使ったものより、凝縮された作物本来の食べごたえと滋味があると、私は思います。

計測していないので断言しづらいですが、栄養価も全然違うと思います。
わたしの身体センサー(?)はそう判断しております。

また、作物の日持ちが全然違います。生命力があるので傷みにくいです。
無肥料野菜は肥料で早く大きくすることをしないので、成長がゆっくりで自然に育ちます。したがって細胞がしっかりしているのです。肥料で早く成長させたメタボ細胞は病害虫にも弱い生命力ということです。

無肥料以外で気をつけているのは、適地適作です。その作物の生まれ故郷を知り、もっとも生き生きと成長できるように考えます。こちらが環境を無理に作ってあげるのではなく、畑の風土・性格に合った作物を選び、適期に育てることです。


美味しい理由の二つ目は、種です。品種です。品種に勝る技術なし、とは農業の達人の言葉です。

流通や加工、販売業者の都合を優先して品種改良(改悪)されてきた品種が美味しいはずがありません。
たとえば、ネギ。スーパーなど一般の小売店のネギは、流通の段階で葉が折れないように(つまり硬い)された品種です。だから甘くて味は良いが折れやすい柔らかいネギは流通にのらないので一般の店で買うことはできないです。また、味は最高に旨いけど、形や大きさが不揃いの作物も、流通にのりません。

私は固定種の種を使い、できるものは種取りしていますから、だんだん畑に馴染んできたと思います。種を自家採種するためには長い間畑に置いておかねばなりませんし、発芽や作物の姿形の揃いがF1種に比べて悪くなるので、つまりは効率・回転が悪くなりますから、経済効率を追求する市場システムが受け入れず、結果として多くの生産者はやらなくなってしまったのです。


この辺で止めにしておきます。


言えることは、美味しさの理由は時間をかけた土づくりと品種づくり、それに尽きるということです。私は、伝統的な農法を学び試行錯誤しているだけで、それらを伝えてきたのは昔の先人たちです。グローバル経済や科学技術を全否定するつもりはありませんが、今の「次元の違う美味しさ」は日本の伝統的な知恵と手法によってもたらされている。と確信しています。

消費者は本当に健康で美味しいものが食べたいのなら、効率が悪くても頑張って生産している人を応援して支えなければなりません。そうしないと、近いうちに伝統的農法は崩壊し、値段も味も安全性(政府基準)も80点主義、そして土と種の健康度30点、伝統的文化価値0点の企業的農産物に席巻されるでしょう。伝統的農法を生かすも殺すも、消費者の考え方次第です。



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小春日でまったりする冬野菜たち


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果たしてつまみ食いの反応は?(先輩の息子さんは五感が研ぎ澄まされていた!?)
by shizenchiyuryoku | 2014-02-02 11:22 | 基本的な考え方 | Comments(4)

Life in all its fullness is this Mother Nature obeyed.

遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。

最近の記事を読んでいただければおわかりのように、無肥料自然農法栽培を継続してきたことでわかってきたこと、つまり日本の風土で無理なくできる作物が日本人が本来主食とすべきものである、という考えをこのところ強く持っています。すなわち化学肥料や農薬が現われる前の伝統農法に強い関心を持っています。

現代の私たちが口にする食品や農作物は、有史以来の伝統的食生活とは大きくかけはなれてしまったものです。食が近代化すればするほど難病奇病含め様々な現象が起きています。高度医療が日本の成長戦略といったって、そもそも病気が起きる原因が解決されない限り何も意味がないと思います。高度医療で儲かる人には喜ばしいことでしょうけど。

本当の健康や幸せのために、土のこと種のことを含めて今年も追求していきますので、よろしくお願いします。



早速ですが、新年にあたり、本を2冊紹介します。
まずは「食生活と身体の退化ー先住民の伝統食と近代食 その身体への驚くべき影響ー」(W.A.PRICE著)です。

歯科医師のプライス博士は1930年代から世界14カ国で伝統的な自給食の生活をしている人々と、同じ民族で白人の近代食生活へ移行した人々との口、顎、顔の歪み、身体変化などについて生態学的調査を行いました。

その結果、どの地域でも近代化の食生活への変化が口内、顎、体の退化そして精神的変化をきたしていたという事実をみつけました。一方、その土地の自然の恵みだけで自給している人々の身体的・精神的な素晴らしさも見つけました。

虫歯は栄養の欠如によるものであり、虫歯になる状態は病気を生む状態であるということです。プライス博士の研究で明らかになったのは、「占領的近代商業食品」を取り入れると、どの地域でも虫歯が蔓延し、精製され生命力を失った食品を食べる親から生まれた子供たちの顔はどんどん歪んでいく、顔は細くなり歯列弓が狭まり乱杭歯となり病気への抵抗力がなくなるということです。そしてこうした人々も伝統食に戻ると虫歯の進行が止まり、妊娠し生まれてくる子供はまた完璧な歯列弓をもち虫歯にならないことも判明したそうです。

伝統食と近代商業食品を比較すると、前者は普通の大人の最低必要量の数倍の栄養が含まれており、後者(商業用の精白小麦粉製品、砂糖、精白米、ジャム、缶詰、植物性油など)はどこも最低量に達していなかったようです。

本の最後はこう結ばれています。
Life in all its fullness is this Mother Nature obeyed.
生命があらゆる面で十全であるためには、母なる自然に従って生きなければならない。

(そのとおり!拍手!)




さて、プライス博士の14カ国に残念ながら日本は含まれていませんので、別の本を紹介します。「伝統食の復権」(島田彰夫著)からです。

明治時代に鎖国後の日本を見聞した外国人は多くの記録を残しています。
1876年(明治9)に来日し東京医学校(現在の東大医学部)で医学教育にあたったベルツは、東京から日光まで行ったときのエピソードを記録しています。

一度目は馬で行き、途中で馬を6回取り替えて14時間かかったと。そして2度目は人力車でいったところ、その車夫は一人で14時間半で行ってしまったそうです。馬よりもすごいので彼は実験を始めました。人力車夫を二人雇って、食事を調べながら毎日体重80キロの人を乗せて40キロの道を走らせたということです。

ベルツは日本に栄養学を紹介した人であり、彼ら車夫の食事が栄養学の知識からあまりにかけ離れていたので、自分の栄養知識にしたがって肉などを買い与えました。その結果、車夫は3日で疲労が激しくて走れなくなり、元の食事に戻してほしいと申し出たそうです。そこで元の食事に戻したら、また元気になって走れるようになったという結果でした。ベルツは日本の食事の持つ力に感心しそのことも書いているそうです。

ところが当時の日本政府は、日本人に風土的にも身体的にもあうかどうかも検証せずに、盲目的にドイツ栄養学を取り入れたのです。それが現代日本の栄養学の源流です!!!

ベルツが紹介した栄養学はカール・フォン・フォイトの考えに基づいたものでした。ドイツ人の栄養学に比較し、当時の日本人の食事は、タンパク質と脂肪が少ないものでした。この時につくられた「日本人の保健食料」なる栄養所要量ガイドに従って、現在の高タンパク、高脂肪食があり、そして結果としての様々なメタボ、病気の増加となっています。
(当時は戦争に勝つために大きい体を作ることが国策だったかもしれませんけどね。)



プライス博士が調べた14カ国は、それぞれがその土地風土に合った伝統的食生活をもっていますから食物は異なります。ベルツがみた車夫の日本食も異なっていました。その土地風土にあった食材で、長い時間をかけて祖先が守ってきた食生活とその生産方法は継続しないといけない。
和食が世界遺産に登録されたけど、表面的な食にまどわされず、根本的な意味と知恵を継承していきたいところです。

そして、伝統的な食材と伝統的な農法がそれを本物にすることは疑う余地がないと信じています。

本年もよろしくお願いします。







by shizenchiyuryoku | 2014-01-12 18:12 | 基本的な考え方 | Comments(0)

キャベツの原種

前回の「日本人が食べるべきもの(重要)」の記事で、地中海原産のキャベツを例にあげました。

今回は、キャベツの原産地・原種を訪ねましょう。

素晴らしい案内をしてくれるのは、池部誠さん著作の本、「野菜探検隊 世界を歩く」、「野菜探検隊アジア大陸縦横無尽」、「遥かなる野菜の起源を訪ねて」です。

池部さんは1980年代に、日本の野菜はほとんどが海外のものであるのに周りの日本人はそれを意識していない、研究もされていないことから自分で原産地と原種を見てやろうと、世界を訪ねたのです。面白い!しかも原種の写真があるから、どのような土地に育つのか、すぐにイメージできる。お勧めの本です。

以下は著書から略して引用しています。早速、原産地を訪ねましょう。

・キャベツが日本に渡来したのは江戸時代末期だが、本格的に日本人の食卓に登場したのは第二次大戦後である。コロッケやとんかつの付け合わせとして刻みキャベツが登場した時はとても新鮮だったし、ロールキャベツになると何とうまいものが出てきたのかと驚嘆したものだ。

・キャベツの故郷は地中海沿岸である。栽培キャベツの祖先のひとつである野生キャベツがエーゲ海沿岸の岩場に育つ野生の「ブラシカ・クレティカ」として見つかった。クレティカはキャベツの祖先のひとつであり、カリフラワーやブロッコリの祖先である。クレティカ以外では、ルペストリス、インカナ、インシュラリスが原種と考えられる。

・野生キャベツに結球したキャベツはない。結球は人間が栽培化してからの現象だと考えられるが、いつ、どこで成立したかはよく分かっていない。

・紀元前3世紀のローマ人のプルニウスの書いた植物誌によると、ギリシア人は3種類のキャベツを食べていた。ひとつは巻葉キャベツで彼らはその葉がセロリに似ているのでセリナスと呼び、胃の薬や便通剤として使っていた。ふたつめはヘリアといって広い葉が茎から外に拡がっている。第3のキャベツはクランベと呼ばれ、その葉は薄くひどく密生しているが、もと苦みがあっていっそう効能があるそうだ。
(注)どのくらい巻葉だったのかは不明である。

・トルコの地中海沿岸にプリエネというギリシア時代の遺跡があり、その神殿の後ろに高さ200メートルの大岸壁があり、そこにもクレティカがあった。多年草で茎は木のようであり、葉は二、三度噛むと大根の葉のような苦みがした。


では、池部さんの貴重な原種の写真を一部だけ紹介します。
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地中海のクレティカ。写真中央のやや下。


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ルペストリス。イタリアにて。(ケールに似ているな)


いかがですか。海に面し、潮風の吹く石灰質の岸壁です。とても日本の黒々として、ふわふわに耕された畑とは環境が異なりますね。雨も少なく、東京の年間降水量1500ミリに対して300から700ミリです。土壌もアルカリ性に近いと思われ、日本の酸性気味の土壌とは別物でしょうね。以前訪れたイタリア・フィレンツエのコスタンツアさんの石の畑の意味がわかる気がします。
「Toscana & Provence」
http://eatyasou.exblog.jp/14734553

いいたいのは、日本風土とは大きく異なる故郷のものであり、身土不二ではないですよね、ということです。

もっとも、日本のキャベツは日本の風土で育った全く別の作物であるから、良いではないか、との考え方もありますね。

確かにそう考えたこともあるのですが、やっぱり違うと思いますよ。

なぜか。

ひとつは、無肥料の日本の風土では、うまく育たないから。
(肥えた土を必要とします。肥えた土、というのも喜べることばかりではありません。理由はそのうちに。。。)

二つ目に、かなり虫に食われるのは、どこか不自然であるから、また窒素過多の肥満体であるからだろう、と考えます。農薬かけないとそれなりに虫に食われます。


さて、当時、池部さんと同じ考えを持ち、すでに実践していた人がいます。

緑健農法、原産地農法、永田農法で知られる永田照喜冶さんです。永田さんは原生地に近い環境を、岩交じりの痩せた畝を作ります。そして日本の一般的な多肥料栽培を否定します。それでおいしい、甘い野菜を作ります。

永田さんの理屈はとても納得できます。私も、岩交じりの畝を作りたくなりました。


しかし。。。待てよ。

うまい野菜は間違いなく出来るだろうが、それは日本人が永続的に健康でいられる作物なのだろうか。温暖湿潤の風土でできた日本人の体を作るのにふさわしいのか。

キャベツ等は美味しいけど、深く考えないでそういうものばかり食べていて良いのか。

そんなことを考えておる最近です。  (でもキャベツ好きだよ。時々は食べたいね)









by shizenchiyuryoku | 2013-10-14 21:24 | 基本的な考え方 | Comments(0)

日本人が食べるべきもの(重要★)

有機農業、自然農法、無肥料栽培に関心を持ち、色々と見聞きし本を読み、そして実践をしてみる。それを10年くらいやりながら、栽培のこと、生命のこと、作物と人間の健康のこと、人類の歴史等々、ごちゃごちゃと考える。なんにもわかっちゃいないが、考えることを書いてみたい。と、思ったが、まだまとまらないので(わかっていないだけ^_^;)、今わかることだけ書いてみます。


畑の地下が造成・鎮圧されていたため良い土中構造ではないが、有機物により地表30センチは腐植が増えて良くなってきた。有機肥料も含めて一切の肥料をやらず、刈り草しかやらないことを頑固に7年間続けてきた。

その条件の中で、良くできる作物、まずまずのもの、うまくいかないものがはっきりしてきた。もちろん、土も品種も私の技術も毎年少しづつ変化するし、作ったことがない作物・品種のほうが多いから、現時点での限られた話である。購入苗でなく、種から育てる、という条件で以下に代表的なものを書いてみた。購入苗であれば出来るというものは( )である。


●無肥料でできる作物といえば、
穀類:大麦、粟(あわ)、陸稲
豆類:大豆、いんげん、えんどう他
芋類:里芋、(さつま芋は購入苗しか経験なし)
野菜:大根、ねぎ、にんにく

●やっと少しできるようになってきた作物
果菜:きゅうり、ナス、トマト、ピーマン、日本の葉物

●今でもうまくいかない作物
葉菜:キャベツ、(ブロッコリ)、(白菜)

●あまり作っていないが、過去失敗したもの。
洋物:玉ねぎ、にんじん



さて、これらから何か見えてくるものはあるか。


私にはあります。


私の持論は、
「日本人が食べるべきものは、無肥料でも作りやすい作物である。」



マクロビオテックや自然食を勉強された方には常識でしょうが、日本人が健康に生きるためには「穀類、豆類、芋類、海藻類、発酵食品など」が大切です。穀類も玄米に雑穀を混ぜるとより完全食に近づきます。
人間の歯の構造からも穀菜食が中心であることがわかります。


その上で、
「日本人は洋物作物でなく、伝統的作物を食べるべし。」


なぜか。
上記の分類でわかるように、洋物作物は無肥料で作りづらいからです。
(ほとんどの作物が、時代は違えども海外から来たものですが、明治時代以降の伝来作物をここではあえて洋物作物と定義します。)
ヨーロッパのアルカリ土壌と日本の弱酸性の土壌は違う。キャベツのような地中海原産の洋物野菜をつくるには無肥料で作りづらいから、一般的には様々な土壌改良資材や肥料を投入して土壌を変えたり、病害虫予防に悩む、最悪は農薬を使うという不自然なことをしなければなりません。


「身土不二」という言葉はご存知でしょう。自分の生まれ育ったところでできたものを食べなさい。
この言葉は、
「近くで栽培されたものという場所を指すのではなく、生まれた場所の風土に合ったものを食べなさい。」
ということだと理解します。
そうであれば、不自然に土壌を変えて栽培されたものは、近くで作られても「身土不二」ではないでしょう。

野菜を食べましょう、というのも正しいのでしょうが、どんな野菜を選ぶべきか、について慎重に考える必要があるのではないでしょうか。
無肥料でできる作物は、病虫害にほとんどやられずに、健康に育ちます。風土に合った作物は健康である、ということです。


私は、なんでも食べますし、甘いもの、加工品、様々な添加物入りの食品なども結構食べているので、偉そうには言えません。
ただ、上記のことを、無肥料栽培の苦戦の中で感じたおかげで、

「無肥料でもできる作物をできるだけ食べるべし。」

という考えに達したので、お伝えしました。これを基本食としておけば、他のものは多少いろいろ食べても、食を楽しんで良いのではないでしょうか。

以上は、自分の栽培を観察して考えてきた現時点での見解です。土壌や品種や技術の変化で、見解も変わるかもしれませんが、日本の食の歴史を見ても、そんなに外れてはいないだろう、というのが今の考えです。





8月末の無肥料菜園の様子を写真でお伝えします。

まずは陸稲です。8月中旬に出穂し、頭が垂れてきた品種と、今出穂した品種とまちまちです。
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里芋です。日照りが続くので、土壌水分保持のために草を伸ばしていましたが、芋の茎が徒長してしまったかもしれない。やりすぎたかな。
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大豆です。開花のころに日照りで心配したけど、さやがつき始めた。
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ねぎは丈夫です。
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ナスは大きな株が現われたので種取り用にします。
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種取り用きゅうりです。
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ごま。
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大根。8月25日に播いたもの。
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白菜。8月25日に播いたもの。うまくできるかな。
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by shizenchiyuryoku | 2013-09-01 22:07 | 基本的な考え方 | Comments(2)

日本人は何を食べてきたのか

日本人は何を食べてきたのか。

私がそのことに本当に興味を持ち始めたのは、無肥料で野菜を作りだしてからです。

無肥料で栽培すると、上手くいく時といかない時があります。
それは土が出来ていないことや、種の素姓によることが原因であることもあります。
ですが、それ以上に関係しているな、と気づいたことがあります。

それは、野菜の歴史です。

日本に古くからある野菜は、日本の風土に順化しているので無肥料でも作りやすいです。
一方、まだ日本にきて年月が浅いもの(100年単位の話です)や原産地の風土が日本と違うものは作りづらいです。

これは重要なことだと思います。

暑い地域の人は暑さに順応できるような食材を使います。
たとえばインドの人が使う多様なスパイスがかの国で暮らすには欠かせないように。
日本でも夏の暑い季節は夏野菜で体を冷やし、冬の寒い季節は根菜類で体を温めますね。
人間はその風土に順応するために、その風土に合った食材を食べてきました。


私たち日本人がこれからも心身ともに健康であるためには、何を食べるかをおろそかにしてはならない。
安いから、美味しいから、珍しいからというだけで風土に合わないものを食べ続けることの結末は恐ろしいことだと考えています。
時々そういうものを楽しむこともあっていいと思いますが、あくまで程度問題です。(私もそうです)
自分が食の基本にかえる時に、日本の風土に合った食物に帰ることができれば良いのだ、と思います。
その国の人間の姿形はもちろんですが、考え方や心や性格にもその国の食べ物が影響していないはずはありません。


だから、私たちが何を食べたらよいのか、そのヒントは祖先の食べてきたものを知ることです。



それでは本題に入ります。

以前に日本の野菜の歴史を書いたことがありますが、その時は食材とくに野菜の種類から見つめました。
今回は食卓側から食材や調理法を見つめます。

今回はわかりやすく楽しいイラスト・写真付きの子供向けの本「衣食住にみる日本人の歴史」(あすなろ書房)から拝借しています。食べ物だけでなく住まいや衣服や道具など楽しめて面白いです。

ではまずは縄文人の食事です。

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祖先はこんなに豊かな食生活をしていたんですね。食材も豊かで、そしてそれらは長い経験の中で選ばれたものです。毒があるものも経験の中で排除し、体が必要とするものを選んで、調理方法も編み出しています。この時代の頭がい骨は我々の3倍の厚さがあり、栄養失調などなかったようです。

そして弥生時代です。

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飛鳥時代です。
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奈良時代です。
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平安時代です。
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鎌倉時代です。
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兵士が戦にもった兵糧です。
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庶民と貴族や武士などの身分による差はいつの時代もあっただろうし、すべてが復元図のとおりでない時もあったと想像しますが。

ご要望がありましたら、またいつか、もう少し専門的な本からの抜粋をしたいと思います。
自然食を猟から得ていた祖先が命の源である塩やミネラルをいかにして得ていたのか、など。
生きる力が衰えている私たちの世代が本当に学ぶべきはそこにあるだろう、と考えています。

そして無肥料でできる作物はその答えを教えてくれますよ。



こちらは全5巻まであります。

by shizenchiyuryoku | 2013-02-02 23:29 | 基本的な考え方 | Comments(0)

500年の自給自足


「日本の伝統農法体験」というツアーに参加しました。わずか8軒が500年にわたり自給自足に近い暮らしを営んできた集落を訪れ、現在80歳の長老がその知恵を公開してくださる!という貴重な企画であったので迷わず即刻に申込み参加しました。


「天空の里」大沢集落は静岡県北部の山間地域にある水窪(みさくぼ)町からさらに上の標高750メートルにあります。到着した日は雨あがりの霧が立ち込めており集落や畑の景色はまさに天空の楽園を思わせます。
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貴重で普遍的な知恵を惜しみなく語っていただいた別所さん(80歳)のお話を基本にレポートします。


1、集落の歴史について

今から500年ほど前の戦国時代に「木地屋(きじや)」(ろくろを使って椀や盆など、木地のままの器物を作る職人)の藤谷氏が殿様に献上したところ気に入られ、好きなだけ山をやると山を与えられたのが始まりであった。
藤谷氏は山を公平に8区分し8軒が暮らせるように分配した。
8軒以上になると自給自足の可能な範囲を超えてしまい持続不可能になるという先見力のため、長男が継ぐことで将来も8軒を超えないようにと取り決めた。
また地主と小作というような上下関係が出来ぬよう、公平に山を区分したことも驚嘆に値する。



2、ライフラインについて

水は湧き水を、現在は井戸を掘って利用している。
火力は薪であり、現在はプロパンガスもある。風呂は現在も薪である。(最高でした)
電気は現在は中部電力から送電されているが、50年前までは小水力発電機2機で8軒分を自給していた。(なんと最先端!)
(聞き忘れたが電気の前はろうそくや行燈であったのは日本中同じであったと思う)
ライフラインも当然ながら地域内で自給できていたのである。


3、食べ物について

米は沢水の近くで少し生産されたらしいが、山であるから量はなかったようである。
主食は麦飯であり、麦8米2の配合で、米がなくなるとアワとヒエを使ったようだ。
畑ではムギ、ヒエ、アワ、芋、大豆、小豆、ソバを主に作った。
また共有のトチ山を設けトチの実を利用した。普段食にはトチ粥というトチと麦と米を混ぜたものを、正月にはトチ餅を食べたということである。

今回の体験では囲炉裏を囲んで伝統食をいただいた。
メニューは
里芋を囲炉裏であぶり味噌で食べる「串里芋」
きび(ここでいうきびはとうもろこしのこと)とサツマイモとささげ豆の入った「きび煮」

大根の漬け物
焼き椎茸
栗の渋皮煮
こんにゃくのくるみ和え

いただいたものはほぼ自給作物からできている。大変なごちそうであった。

昔の普段食は3食とも麦飯を中心に、具だくさんの汁、漬け物であったことが「聞き書き 静岡県の食事」(農文協)にある。
別所さんも「めんぱ」という木の弁当箱にムギ飯を詰め山仕事に出かけ、昼食は10時と2時の2回とったとおっしゃる。

(これこそ日本人の食べるべき健康食であろうと思う。私はできればムギでなく玄米を希望だけど、慣れるとムギも平気かなあ?)


4、食を支えてきた畑作の方法

畑は写真にあったように急斜面である。
したがって石を積んで段々畑にすることが必須である。
大沢集落の特徴は段々畑が平らでなく斜めであることである。
通常は等高線にそって平らに畝を作るのが一般的であるが、30度を超す急こう配の畑で傾斜に沿った縦畝を作っている。
横畝にしたほうが土や水が流れるのを防ぐように思えるが、縦なのである。
日本にもこのようなケースは数少ないらしい。
しかしこれこそが水の流れを良くして、土を流さず、作物の出来を良くし、連作を可能にしているのだそうである。


そして究極のノウハウが「掘り込み(ほりごみ)」と呼ばれる手法である。
夏に刈り乾燥させた「かや」や「わらび」などの山草を秋に畑に入れ込んていく。
これによって畑土は柔らかくなり、また雨水の流れがよくなり土が谷へ流れなくなる。
これを昔からずっと続けてきた。やってみると傾斜もあり重労働である。
ムギを作るためにやったそうだ。

こうすることでほとんど肥料も投入しなくて良いらしい。そして連作も可能である。
逆にこれをしないと化学肥料を使っても地力は衰え生育も悪くなるという。
掘り込みを何年続けたら土は良くなりますか、と聞いたら「最低10年だ」とのお答えであった。
まさに自然農法である。

そして大切な山草を確保するために草を生やすためだけのエリアが決めてある。
現代の効率至上主義の農業には完全に失われた持続可能な伝統農法がここにあった。


ちなみに昔は大沢集落でも「焼畑」農業がなされてきた。
山の木を切り一帯を焼いて、
1年目はソバを作る
2年目は豆をつくる
3年目はアワかヒエをつくる
4年目は小豆をつくる
(普通は2年続けて作ると地力は衰えるようである)
5年目は昔は杉を植えた(木材が売れた時代のこと)
そして20年の間に草が落ち豊かな土地に戻る。
これを場所を変えながら順繰りに続けていく知恵である。


5、風土が守る味

ここでは在来作物としてずっと種取りをして品種が守られてきた。
特に「むらさき芽(水窪在来のじゃがいも)」は平地の水窪町でもつくられているが、大沢集落のものは味が異なり甘い、という。
大沢集落の種芋を下の集落で作っても同じ味にならないという。

その理由について別所さんは、
「高度による昼と夜の気温差」「日当たり」「雨量」「風」をあげていた。
特に「高度による昼と夜の気温差」が大きいとおっしゃる。

このことはとても重要である。
要するに人間の様々な農法なんかより、「自然界がつくるそこにしかない風土」が味をつくるのである。

じゃがいもの原産地は温度差のあるアンデス高地である。
野菜は原産地のことをしっかりとDNAに記録している。
だから遠い昔に暮らした故郷アンデスに似た地域でこそ、本来のチカラを発揮する。
日本の温暖な平地で肥料をたっぷりやった品種改良ジャガイモは味がぼけた別物である。

私も種イモをいただいてきたから植えてみるが、同じ味は出せないと、初めからあきらめている。
しかし、生命力あるジャガイモはできるだろうと大いに期待している。


6、おわりに

私たちは戦後の経済成長のおかげで良い時代に生まれたが、失ったものも大きい。
本当に持続可能であり、そして健康で美味しいものは古い伝統の知恵の中にある。
便利さを手放せない部分もあるが、伝統を生かすことが日本人の生命を永続的に守ることにもなる。
そのことを五感で改めて認識させていただいた貴重な体験であった。


今回、惜しみなく伝えていただいた別所さんや集落の方々、又この企画を立案してくださった静岡県西部農林事務所の鈴木さんや同僚の方々、楽しく体験をご一緒できた参加者の皆さんに心から感謝いたします。



追伸

別所さんが案内してくださる「ランプの家なかや」では皆さんも伝統食などの体験ができます。(有料)
ご興味がありましたら別所さんまで電話でお問い合わせください。
別所賞吉さん 0539-87-2773




畑の風景
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製茶工場にあった含蓄ある言葉
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囲炉裏を囲んで食事
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串里芋
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ひえ煮
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左が在来「むらさき芽」右はよくあるメークイン
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むらさき芽を説明する別所さん
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掘り込みの実習。別所さんは80歳とは思えない!!
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こんにゃく芋と別所さん
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by shizenchiyuryoku | 2012-11-08 18:34 | 基本的な考え方 | Comments(0)

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