カラダの細胞や魂が喜ぶ、いのちのつまった野菜つくりを追求し、自家採種、無肥料、自然農、自然農法、自然栽培を実践中。農薬を使用しないのではなく、そもそも使用する必要がないことが健康の証です!


by shizenchiyuryoku

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カテゴリ:基本的な考え方( 26 )

自然農は知的でクリエイティブである。


先日、KT君が訪ねてくれました。若いのに、野草の専門家でもあり、そして自然をよく観察することがとても身に付いています。その視点で食のこと、エネルギーのこと、社会のことを語ってくれますから、とても気持ちの良い時間を過ごすことができました。残念なことに、今回の事故をきっかけにしばらく家族で沖縄へ行くとのですが、そのまなざしがあれば、いろんなことをどんどんと吸収してくると確信しています。私の分身が行くようで、自分も楽しい冒険に行くような気持ちです。ワクワクして送り出したいです。

せっかく来ていただいたので、畑を一緒に楽しみました。トマト苗の定植、やまいも植え、そしていんげん蒔きです。やっていただくために言葉で説明をしているうちに、はっきりと気づきました。

「自然農はとても知的でクリエイティブなものである。」


畑ですること、畑にいないときにする想像や計画など、どれをとっても体を動かしているより頭を使っていることのほうが時間が長いです。

たとえばなにかの野菜を作ろうと思った時に考えることは以下の通りです。
・この品種(種の入手先も含めて)は自分の畑に合っているだろうか?その理由は?
・どういう環境が好きなのか?
   (日当たり、水、根の伸び方、多肥向きか少肥向きかなど)
・好きな環境に合わせるために、畑のどの場所が最適か?
   (日当たり、水、高畝か平畝、深耕か浅耕、生えている草の種類、土の肥沃度など)
・一月後、半年後、1年後の畝のあり様とその作物の種取りまでの生育期間は喧嘩しないか?
   (草を含む他の作物の生育期間、背の高さの違いによる太陽の奪い合い、根圏、など)

以上のことは大まかですが、何度もイメージしてみます。
そして実際に植える時は、いろんな場所に植えてみて比較します。
そうして比較すると現実的な答えが返ってくるので、その時点で悩み、調べ、学び、次のイメージをします。
ビジネスで言うところのPLAN-DO-CHECKサイクルを繰り返します。
そして、その最中にも、想定外(笑)の変化が現われてきますので、都度対策に悩みます。
草を刈るのだって、いつ刈るべきか、どの部分を刈るべきか、すべて刈るべきかなど毎回判断します。

そして、上記の判断の基準は五感です。1年の変化を目で見て覚えておき、土の肥沃度や生物環境の豊かさは匂いを嗅いで判断します。埋めた草が分解するスピードで、微生物の活動量を測ります。
このあたりの五感を使うところは、難しくも、クリエイティブで楽しいものではないでしょうか。


私のイメージが現実になることも少しありますが、むしろそうでないことが多く、自然の答えのほうが素晴らしいことはしょっちゅうです。そして想定外なことが、発見であり、驚きであり、感動を与えてくれます。

そういう意味では知的といっても工学系の原子力工学、遺伝子工学、金融工学より、そうとう謙虚に自然に教わるものだと思います。少なくとも「絶対大丈夫」なんてことはないよね。(そして破綻していく工学)。



さて、KT君。やはり普段から自然観察ができているので、とてものみこみが早くびっくりしました。
写真をはりますが、もうこの菜園の主のように堂々としていますね。

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by shizenchiyuryoku | 2011-05-09 20:54 | 基本的な考え方 | Comments(0)

適地適作




草を見て植える野菜を決める、などとテクニック的なことを前々回に書きました。
流れで、いままで諸先輩方の著書や講演で学んできたことなどを記したいと思います。まだすべて会得できませんが、自分でも体験できているものを取り上げます。(不定期掲載かもしれません)


適地適作という言葉はご存知と思います。

野菜にはそれぞれに原産地があり、その環境がもっとも気持ちよく育つことができます。遠く離れていても、その原産地にあった地域や風土、土質で健やかに美味しくできるのですね。

このことは特に無肥料栽培では大変重要なファクターです。
肥料などで、ごまかしが効かないので、本当にしっかりと影響が出ます。


例として良く知られているのはトマトですね。
原産地は南米アンデスの山岳で、痩せ地で、雨がなく乾燥している。
しかし朝は冷えるので夜露で水分が補給できる。
こういう環境が好きなのですね。

だからトマトにたっぷりと肥料や水をやったらすぐに病気になります。農薬のお世話になります。
高温多湿な地域では無理に作らないほうがいいということです。
沖縄ではうまくできずに、北海道では美味しいのではないでしょうか。
水はけの悪い土質や場所も良くないのではないでしょうか。

作物は本当に長い年数をかけて、新しい土地に順応していきますし、品種改良で少しは馴染むのでしょうが、それでも生まれ故郷のことは忘れないようです。種のDNAにしっかり残っているのですね。
(人間も適材適所ですね。嫌いなことはうまくいきませんねー。)


私は、自分が無肥料で、自給的な農を考えるに当たり、畑に合わないものはやらない。と決めました。
自然風土にあわないことをやろうとすると、持続不可能な農になる。
合わないものに苦労していろんな資材や薬を使うのでなく、ほったらかしで健康に美味しくできるものを探します。
そう考えると、たとえばヨーロッパの珍しいものなどは初めからやる気がありません。仮にできたとしても日本風の柔らかい味になってしまって、現地のものとは別物と思います。

それより伝統的に日本人が食べてきたもの、その地域の風土や土質に合うものを必然的に選ぶことになります。


ところが、本当の日本原産、というものは少ないようです。
フキ、セリ、ウド、タデ、ジュンサイ、アサツキ、ラッキョウ、ミョウガ、マコモ、クコクワイ、オニユリ、ヤマユリ、アシタバ、ミツバ、などのようです。
水っぽい場所が好きそうな野草が多いですね。こうしてみるとやはり日本は水の国なんですね。

平安時代以前に渡来したものなら種類が増えます。
カブ、ハタケナ、シソ、シロウリ、マクワウリ、ゴボウ、ネギ、ニラ、ダイコン、ニンニク、ショウガ、カラシナ、ナス、トウガラシ、キュウリ、ササゲ、、、
かなり充実してきましたね。

江戸時代までなら
ホウレンソウ、ニホンカボチャ、ツルムラサキ、ミブナ、キョウナ、フダンソウ、インゲン、エンドウ、ソラマメ、ニンジン、ジャガイモ、サツマイモ、スイカ、ニガウリ、トウモロコシ、イチゴ、シュンギク、セルリー、キクイモ、、

明治以降は
ハクサイ、オクラ、ピーマン、レタス、キャベツ、、

うーん、私がまだうまくできなかったりするものは江戸以降のものに多いですね。まだ日本風土に無肥料でできるほど馴染んでいないのかな。
ちなみに日本古来のフキ、ミツバは勝手に生えてます(笑)。最高です。



食べる側からしても、昔から「四里四方に病なし」ということばがあるように、四里四方で採れる食材を食べていれば病気知らずで健康です。「身土不二」や「地産地消」の考え方と同じものです。

偉そうに言っていますが、私もコーヒーとか、やめなきゃいけないんだけど。。今回は野菜つくりの視点からということで。。。。。

次回は野菜の原産地にあわせる方法を紹介したいと思います。
by shizenchiyuryoku | 2011-04-26 23:35 | 基本的な考え方 | Comments(0)

生命世界の異常に気付くこと



昨年のことになりますが、哲学者の内山節(たかし)さんの講演を聞きに行きました。

哲学者といっても内山さんは群馬県上野村と東京の両方で暮らしていて、机上の哲学でなく、村という地に足のついたことをおっしゃるので、とても腹に落ちるのです。

こういうお話がありました。(記憶が少し薄れていますが、大きくは間違っていないはずです)

村の小川には昔から「かじか」という小魚が当たり前にいたようです。
ところがある時から「かじか」がいなくなった。
村人はそれを大きな問題ととらえて会合をもちました。
(内山さんの言葉では「自分たちの生命世界に異常が発生した!」と捉えた)

原因はわからないが、可能性としては
1、コンクリートの道路からアルカリ成分が川に流れているのが原因ではないか。
2、雪を溶かすために融雪剤をまいている。この成分が原因ではないか。
3、家庭の洗剤が原因かもしれない。

コンクリート道をすぐにどうにかできるわけでないので、2と3の対策をすることにした。
具体的には2の融雪剤をやめ、ブルドーザーを買って除雪し、日当たり良くして雪を溶かすようにした。
これは言うのは簡単ですが、手間を考えると大変な作業を強いられます。
また3の対策として各家庭で浄水槽を取り付けるようにした。

お話は以上ですが、衝撃的でした。ふたつのことが脳に刻まれました。

1、私たちは小さな小魚がいなくなることを自分たちの生命世界に異常が発生したこととしてとらえることができるだろうか。

2、具体的にすぐに解決策を実行できるだろうか。原因が特定できていなくて無駄になるかもしれなくても、すぐに実行に移すことができるだろうか。



いま私たちは、放射性物質の問題に直面しています。しかしもっと以前から化学物質の問題に直面していました。ほかにもたくさんの問題に直面していました。その時は少しの危機感をもったけれど、そのうちに小魚がいないことが当たり前の自分になってしまっていなかっただろうか。小魚をいつも観察することをやめてしまったのではないだろうか。小魚がいない世界を快適におもっていなかっただろうか。そして自分の生命世界を脅かす危険シグナルの感度をどんどん鈍らせてきていたのではないだろうか。
by shizenchiyuryoku | 2011-04-14 21:39 | 基本的な考え方 | Comments(0)

怒・恐・妄想

いつも訪問いただいている皆様、ありがとうございます。
不慣れのため、コメントも受け付けずに失礼をしております。
そのため皆様が何に興味をもたれているかもわからずに書いてまいりましたが、少し頻度をペースダウンしたいと思います。

初期の回避の大切さをご理解いただき安全をとっていただいたなら、放射能関連を書き始めた当初の目的も達しました。
今後は私が取り上げてきたサイトなどを定期的にチェックして安全策をとっていただければ幸いです。
もちろん新たなお知らせがあったらアップしたいと思います。



一区切りとして、私が今回の放射能汚染について、なぜこれほど大変落ち込み、恐れと怒りをもったのか原因を考えていました。とても個人的な内容です。被災地や被災者の方々についての悲しみのことは、ここではふれません。

大きく3つあります。


ひとつは東電を表の顔として原子力を国策としてきた勢力、加担する御用学者、マスコミなどが行ってきた国民に対しての嘘、ねつ造、洗脳への怒りがある。これは詳しく述べるまでもないでしょう。皆さんと同じです。

「エコロジーという洗脳(副島隆彦、SNSI)」のなかの相田英男さんの文には、日本の原子力企業を支配するGEや過去の政治家の暗躍などによって日本の原子力政策は官民ともに正常に機能していないということが書かれています。
「原発安楽死のすすめ」(槌田敦)には、原発は米英の軍事目的と密接に関連しており、経済コストや危険は考えられていないことが書かれています。
「CIA・原子力・ホワイトハウス ベクテルの秘密ファイル」(Lマッカートニー著 広瀬隆訳)はまだ読んでいませんがもっと生々しそうです。
そうであれば日本の行政も責任をもてないアンタッチャブルな世界なんでしょうが、だれが国民を守るのか。



二つ目は、農地の汚染により、自分で作物が作れなくなることへの怒りです。

「北の国から」というテレビ番組を覚えていますか。北海道の富良野を舞台に様々な人生をみせてくれましたね。大好きな番組でした。最終回の「遺言」のなかで五郎さんが純や蛍にあてた手紙のくだりが、私のこころに突き刺さっていました。

「ここには何もないが自然がある。自然は生きていけるだけのものを食わせてくれる。自然から頂戴しろ・・・。」

そうです。自然と上手につきあえば、食わせてくれるのです(自給的に)。贅沢はできなくとも、食っていけるのです。世界でも類をみないほど豊かな自然を持つ日本だから、日本経済がおかしくなっても皆が自然から食っていけたら問題ないと考えてました。そういう世の中を空想したりしていました。
ただし自然を痛めつけたら、1度は良くとも継続的に頂戴することはできなくなる。だから有機農業や自然農法で持続的に頂戴していく、という考えにいたっています。

ところが今回の放射能汚染は、それらを木っ端みじんにする強烈なショックでした。こつこつと土を作って、自然とつきあっていても、防ぎようのない放射能を無差別にふりまかれたら、一瞬で死の大地になる。という恐怖と無力感に陥ったのです。

五郎さんなら現状をみて何と言うだろうか。




最後は、陰謀論で片付けられないハナシです。こういうこと書くとどうかと思いますが、こんな機会なので少しだけ書きます。

国際的な支配を企む勢力があったなら、何をするか。すでにマネーやエネルギーは支配している。次は食糧ですね。
種を支配することはアメリカや途上国ですでに行われてきています。モンさんと社の遺伝子組み換えや種子特許。アメリカで農家が自由に種取りすることを禁止する法律ができたこと。
450万種の種子をノルウエー領の核シェルターに保存したビルゲイツ財団やロックフェラー財団、モンサント社、シンジェんダ社はなぜそんなことをするのか?核戦争を想定しているのか?原発事故を知っていたのか?今回の原発事故は関係があるのか?このあたりでやめておきます。

私たちが身を守るために、持続的な栽培方法で、持続的に採種し、いのちをつないでいくことという最低限の人権が脅かされているとするなら。
栽培が制限されて放射能耐性の遺伝子組み換え種子しか使えなくなるとしたら。
自分が食べる食糧を選択する自由が奪われるとしたら。(今回のTPPは危険な匂いがぷんぷんします)。
もしそうなら完全に支配される。大袈裟でしょうが、そこまで連想してしまいました。外れていることを願ってます。



このように普段からイカレていた私の頭がついにメルトダウンをはじめましたので、どうか皆様、適当に受け流してください。
これからは自分の頭もブログ更新もゆったり平和ペースにもどします。
菜園の在り方も、ゆっくり考えます。


すべての人が心身ともに健康でありますように。すべての生き物たちが健康でありますように。
by shizenchiyuryoku | 2011-03-31 19:52 | 基本的な考え方 | Comments(2)

「人間も植物も基本は同じ」

埼玉県小川町有機農業推進協議会主催の「種取り講習会」に参加してきた。
第3回目となる今回の講師は(財)自然農法国際研究開発センターで品種を育成されている、中川原敏雄さんである。

表題は先生の講演の第一声であるが、あまりにも普段の自分の考えと同じなので、びっくりした。
おこがましいが、自分も及ばずながらも、同じ考え方で畑に立っている。

技術を含めてあまりに多くの教えをいただいたが、特に印象的な総論の部分を、先生の原稿の一部を多少略しながら、ほんの少しだけ分かりやすく加筆して、以下に掲出したい。


以下抜粋


「はじめに」

 作物は充実した種を実らせて一生を終える。(略)一般に考えられている収量を上げるのにふさわしい野菜の姿(肥満型)と、充実した種を実らせるのにふさわしい野菜の姿(自然な姿)は異なるようだ。前者は肥料と農薬を必要とするが、後者はいらない。

植物として野菜が目指すのは、収穫量や形ではなく、生命力の強い種(子孫)を残すことである。その目標に向かって野菜は根を深く張らせ、病害虫に強い体を作り、養分を蓄えて充実した種を実らせていると考えるべきではないだろうか。栽培者が作物の健康を考える場合、作物の立場になって考え、共に生きていくという姿勢が求められる。

(略)

野菜栽培は、茎葉(葉物など)、根(大根、にんじんなど)、未熟果(きゅうりなど)、熟果(かぼちゃなど)のように各器官(つまりある部分だけ!)の収穫が目的のため、種を実らせるところまで(野菜の一生を)見据えてバランス良く育てるという考え方がかけているようだ。むしろ栄養成長を極端に強めて植物の各器官を早く大きく太らせるということに重点が置かれているのではないだろうか。野菜に多肥栽培が多く、時期外れの作型に分化していることも、野菜栽培が種を取ることを目的としていないことに起因していると思われる。

野菜を採種してみるとその問題点が見えてくる。たとえば青果栽培の肥料設計できゅうりを採種栽培すると、採種果が巨大化して、腐敗果の発生や稔実不良種子(子孫を残せない種)が多くなる。それだけ青果栽培の野菜はバランスを崩した生育をしていることを物語っているのではないだろうか。



「野菜の一生」

野菜栽培は私たち人間の子育てにたとえられる。それは生育初期の環境や育ち方が、その後の成長や特性(性格)や草姿(体型)に大きく影響するからである。人間の一生が幼年期、少年期、青年期、壮年・老年期にわかれるように、野菜の一生も幼苗期、伸長期、茎葉繁茂期(開花結実期)、成熟期に分けられる。そこできゅうりの一生と人間の一生を対比させてみよう。

①幼苗期
「三つ子の魂百まで」とあるように、きゅうりでも3葉期から4葉期までが「苗半作から八部作」といわれる大事な時期にあたる。
この時期は成長の基盤となる根の生育が大切だ。肥料過多や高温多湿など過保護な条件下では、地上部の生育ばかりが進む肥満型になり根張りが悪く、着果不良や病害虫に弱い体質になる。乳幼児の食事が大切であるように、自然の有機物を材料にして腐植の多い培養土で根を育てる。
そして「頭寒足熱」で低めの温度下でじっくり生育させ、「寝る子は育つ」ように根張りがよく、葉茎が厚くしまって、がっちりした苗を作る。

②伸長期
 この期間は光の強弱、温度の高低、水分の多少など環境の様々な変化に敏感に反応する感受性の強い時期にあたる。
「かわいい子には旅をさせよ」のように、野菜でもこの時期に肥料や水をやりすぎると、地上部だけ大きくなって、根が育たない。根をよく育てるためには、低めの気温、少なめの水分、少なめの栄養、など地上部の生育にとってはむしろ厳しい条件を体験させる必要がある。
生育を急がせず、じっくり育てることによって、根が深く張り、茎が太く短く、葉が小さく厚く育ち、基礎体力が身に着く。

③茎葉繁茂期(開花結実期)
人間は親元を離れ社会に出て自立する時期である。きゅうりも自力で養水分を吸収し、自立して生育する。だが被覆や肥料のやりすぎなどの過保護な管理や、根の張りを抑える強い整枝は野菜の自立を妨げてしまう。
この時期は側枝が次々と発生し生い茂り、一生で最も若々しく、生育旺盛で活力に満ちている。また着果が増えて栄養成長から生殖成長に転換する時期であり、野菜自身の子育ての準備が始まる。

④成熟期
 人間は家庭を築き、子育てをする時期である。きゅうりはつる先の成長が止まり、肥大した果実の成熟が進む。葉色が黄色く色づき、種が充実する。そして最後に枯れたきゅうりの茎葉や根は土壌生物の餌となり腐葉土がつくられ、次世代のために培養土となる。



以上である。いかがであろうか。
見事に野菜の一生をあらわすとともに、人間が気をつけるべきことを的確に表しているのではないだろうか。
自分も野菜作りはおろか、自分づくりのためにも肝に銘じたい言葉である。


肥料分をガンガン入れて太らせ見栄え良くした「商品としての野菜」

そして作物の「命をゆっくり育てる野菜」

どちらが人間の健康に良いと思いますか?



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by shizenchiyuryoku | 2011-02-13 22:05 | 基本的な考え方 | Comments(0)

自己紹介

1、自分の農とのかかわり

・30歳を過ぎたころから環境問題、現代社会システムに疑問を持ち始めた。
・環境を破壊するとカネが儲かり、環境を保全すると貧乏になる今の社会構造は●喰らえである。(これについて語り出すと終わらないので触れない。)
・そういう社会から少しでも自由になるために、また本物のエコロジーを追求していくと、「農」にたどり着くのは必然であった。
・それに理屈でなく、畑の様々な生き物たちと一緒にいると、自分の魂が喜ぶ。楽しい。落ち着く。
・自給自足が憧れだが、結婚しており現実的でなく、まずはできるところから始めることとした。

・そして今から約12年前、環境に優しい=有機農業と考え、有機農家で学ばせていただくことになった。
・断っておくが、有機農業といっても100人いれば100通りのやり方があるのでひとくくりにしてはならない。
・虫を敵とみなし手でつぶす。草は敵とみなし根からすべて取る。有機肥料をしっかり与える。つまり農薬や除草剤は使わないが考え方は慣行農法と違わないやり方も、一部に見受けられる。
・そういう一部のやり方に違和感を感じ、自然農、自然農法、無肥料自然栽培と次々と出会い、これこそ自然の理であり、自然との調和やあらゆる生命を大切にする方法だ、との思いで傾斜していく。
・具体的には、無肥料、不耕起、草生(雑草もむやみに取らずできるだけ共生させる)で、虫も敵としない。
・理想的であるが、本当にそんなことができるのだろうか、との思いで小さなスペースを借りて実践に入ること約10年前。
・現在の北鎌倉の約100坪の畑は、7年目を迎える。今も奮闘中である。いや闘いでなく、学ばせてもらっている。
・専業ではないので、およそ週に一度の作業で管理させていただいている。

2、ブログで伝えたいこと

・初期の疑問の結論から言うと「無肥料で野菜はできる」である。
・ただし、諸条件を考えてあげるべきである。決して難しいことではない。
・むしろ「無肥料でできた野菜こそが、本当に健康な野菜である」と自分は思った。
・肥料たっぷりの野菜は時間がたつと腐る。これは健康ではない。無肥料の野菜はしぼんで炭になる。自然の野山に腐った果実や草は見られない。どうか有機野菜ならなんでも体に良い、という幻想は捨てていただきたい。
・このブログでは無肥料野菜、そして畑に自生する野草を通じて、人間に本当に健康なことはなにか、伝えていきたい。
・また、折々の作業を参考にして、ノウハウを盗んでいただきたい。(大したものないけど)
・機会があれば、実際に見て食して納得していただきたい。(少量なので全員には無理です。また畑のできの悪い時もあります)
・借りた畑は、客土造成され重機で圧縮されており、決して好条件ではない。しかしだからこそわかったことで、条件の良くない畑や庭を菜園にする手伝いもできるかもしれないと考えている。苦労もまた対処法も参考にしていただければ幸いである。野菜がうまくできないこともあるので、それも参考にしていただきたい。
・昔の日本人は農と深いつながりがあった。私も含め現代人はそれが希薄であるがために、あらゆる面でおかしなことになってしまった。日本人が本来持つ自然と共生できるたくましいDNAを呼び起こすことにも役立てば幸いである。

追伸:備忘録を兼ねているので、分かりづらいところもあるでしょうが、ご容赦ください。



連絡先メール
kwouldgo@gmail.com
by shizenchiyuryoku | 2010-12-01 14:07 | 基本的な考え方 | Comments(0)

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