カラダの細胞や魂が喜ぶ、いのちのつまった野菜つくりを追求し、自家採種、無肥料、自然農、自然農法、自然栽培を実践中。農薬を使用しないのではなく、そもそも使用する必要がないことが健康の証です!


by shizenchiyuryoku

プロフィールを見る

<   2012年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧

虫がつく理由

寒さの厳しい日が続きますね。

冬は日当たりなどの理由で半分お休みしています。
半分というのは、春に向けた土づくりの作業があるからです。(あとはわずかな収穫のみです。)
といっても、私の場合は基本的に不耕起だし、無肥料だし、有機農業のような堆肥づくり(重労働です)もやらないので、相当に楽をさせてもらっています。
この冬にやったことは、通路の固い地面をスコップで縦に切っていき(土を上下を撹拌しない)、空気と水の供給が出来るようにして、作物の根張りを助けることでした。このイメージはイタリアで買った有機農業の本のイラストで思いつきました。とにかく土をやたらとかきまぜないことです。



さて、私の無肥料栽培の自慢は野菜に決定的な病虫害が出ないことです。しかし、、、、。

昨年の暮れに収穫した白菜にたくさんのなめくじと虫がたかっていました。(甥と姪のお母さんTさん、ごめんなさい)
見た目は立派なのですが、多くの虫にたかられ、そして案の定、味も美味しくありませんでした。スーパーの野菜と同じレベル1です。

ところが、年明けに収穫した別の畝の白菜は、虫にやられずに、そして食感も味も最高でした。甘いです。命の味がします。レベル5です。

この違いはなんでしょうか?

どちらも同じ日に、同じ苗(市販)を植えています。
違いは育てた畝が異なることしか思いつきません。

虫にやられた白菜の畝は、土中が硬く30センチくらいしか耕していません。棒を挿しても40センチしか入りません(30センチの地中+地上の厚み)。多分、白菜の根はそれ以上は伸びないと思います。そしてそれを補うかのように、夏の間にたっぷりと刈り草を20センチくらい敷きました。したがって成長に必要な養分は敷き草とそれに関連して供給されています。初期生育は見事でした。白菜と葉物は間違いなく虫がつかなかった畝より初期生育が早かったです。ブロッコリと大根はどちらの畝も大きくは異なりませんでした。

一方の虫がつかなかった畝。以前に170センチまで深耕し、いまでも棒は90センチ入ります。つまり物理的に根が伸びる環境です。敷き草は夏に多少しましたが、対象畝ほどたっぷりとしていません。初期生育は遅かったです。初めは敷き草の不足を嘆いていました。

以上が異なる点です。このことから推測すると、
1、根の張れる環境があるほど、健康な作物になる。
2、過多な敷き草は養分供給の役目以上の悪影響を及ぼすこともある。
という教えをいただきました。
本年も継続して確認していこうと考えています。



さてここからが本論です。
なぜ虫のつく作物とつかない作物に分かれるのか?

参考文献を引用します。
「農薬でなく、作物の健康を」 (J.A.ルッツッルベルガー著「エコロジーと健康」1997、中村英司訳)

「略、、、

F.シャブスー(農業生物学者、ボルドー農業研究所)の考えによると、害虫が好んでとりつく作物の体内には十分な量の水溶性の養分、つまりアミノ酸、糖類、可溶性の無機養分などがたまっている。昆虫にはタンパク質分解酵素がないので、植物体内の異質タンパク質を養分にすることができず、水溶性のアミノ酸などを必要とする。また炭水化物についてもデンプンではなく水溶性の糖類のほうが利用しやすい。

他方、健康な作物は、その汁液の中で物質代謝が順調にすすみ、これらの成分は次々とタンパク質やデンプンに合成され、余分な水溶性養分が停滞することは少ない。こんな作物にとりついた害虫は生き残りにくく、繁殖も進まない。第一、害虫にとって健康な作物はおいしくないのである。

どうして体内に水溶性の養分がたまるのだろうか。
第1には養分が絶えず過剰に与えられると、体を作る材料となるこれらの養分を処理しきれなくなることだ。
第2にはこの養分過剰が植物の代謝機能を抑制するからである。また土に与えられた大量の無機養分が土の微生物活動とその団粒形成機能を妨げ、微量元素の吸収を減らし、それが代謝機能を妨げる。
第3に農薬は体内の代謝機能を弱めるので水溶性養分がたまりやすくなる。農薬をやると反対に害虫や病気が増える原因はここにある。

略、、、」


とても明快な答えです。私にとってはこれで十分な答えです。このような研究と発表に心から感謝します。


さて話を戻します。
白菜に虫がついたこと。これは過多の敷き草が原因だったのか、否か。

今年も模索が続きます。



おまけ
 「人間も同じですね。食べすぎ、栄養過多は代謝機能が衰えて病気になりやすい。微生物を大切にしない暮らし方は人間の不健康にはねかえる。消毒、殺虫剤、薬に頼るひとは不健康になりやすい。違いますか?」
by shizenchiyuryoku | 2012-01-31 21:16 | 基本的な考え方 | Comments(2)

肥料の歴史

私は無肥料実践者なので、肥料、なかでも化学肥料を知る必要はないのですが、日本の農業の歴史を知ることは大切だと思います。常識と思っている肥料が、いつどのように導入されたのかを知ることは、もしかしたら裏に隠された本質を知ることにつながるかもしれないと思うからです。それによって肥料が必要なのか、なくてもいいものなのかがわかり、持続可能で安心できる農につながると思います。なので日本での古来からの作物や栽培方法にはとても興味あり、色々読んで参考にしています。


今回は「世界大百科事典」から(化学)肥料について抜粋引用して記録とします。日本の農の歴史を扱った文献はまたの機会に紹介します。
「化学肥料誕生の歴史(欧米)」、「日本の肥料の歴史」、「日本の化学肥料工業」を引用します。



以下引用

1、「肥料の歴史(欧米)」

いつから肥料が農耕に用いられ始めたかを知ることはできないが、人や動物の糞尿、動植物の遺体、食物残さを土に施用すると植物の生育が良くなることは経験的に古くから知られていたと思われる。
(略)
人・畜の糞尿、山野草、草木灰、動植物遺体、あるいはこれらを腐熟させた堆厩肥など、自然に得られる資材をいわゆる自給肥料として使用していた。古代ローマ人は前200年から後100年にかけてすでに輪作、石灰施用、厩肥、緑肥についての知識をもっていたといわれている。さらに農業が発展して、より多くの収量を上げたり、商品性の高い植物が栽培されるようになると、より効果の大きい肥料が求められるようになり、肥料は商品として販売されるようになった。
(略)

植物の栄養になる養分はどのようなものであり,植物はそれを何から得ているかということに関する研究は, 16世紀からヨーロッパで実験的な研究が進められてきた。しかし植物が無機塩と水を土壌から吸収し,炭素は光合成によって空気から得て生長しているということが明らかになったのは 19 世紀になってからである。すでに 1804 年に植物が光合成によって炭酸ガスを吸収していることはスイスのソシュールNicolas Thレodore de Saussure (1767‐1845) によって証明されていたが,なお植物は炭素その他の養分を土壌中の腐植から得ているという A.D.テーアらの〈腐植説〉が広く一般に信じられていた。

この腐植説に対してドイツのJ.F.von リービヒが,水と炭酸ガスといくつかの無機塩で植物は育つという〈無機栄養説〉を提唱したのは 1840 年であった。 60年にはザックスJulius von Sachs (1832‐97) が水耕法で植物を育て,窒素,リン,カリウム,硫黄,カルシウム,マグネシウム,鉄が必要なことを示した。さらに 20 世紀に入って 1954 年までに,銅,亜鉛,マンガン,ホウ素,モリブデン,塩素などの微量要素の必要性が証明された。

 このように,植物が必要とする無機塩類が何であるかが明らかにされると,それを合成して肥料として施用する試みが始められ,人工的な化学肥料の製造と販売が行われるようになった。初め,リービヒはリン酸肥料の製造を試みたが,彼は肥料は土壌に施用されて,水に溶解し流されないようなもののほうがよいと考えたため,その肥料は効果が少なかった。またリービヒは,窒素は植物が空中から固定すると信じていたので,窒素肥料は不要と考えた。

これに対しイギリスのJ.B.ローズは,骨粉やリン鉱石に硫酸を作用させる方法で,水溶性の過リン酸石灰をつくり,その有効性を圃場 (ほじよう) 試験で示し, 1843 年には過リン酸石灰の生産,販売を開始した。また,ローズは有名なロザムステッド農業試験場の圃場試験で,窒素も肥料として必要なことを示した。マメ科植物の根が根粒菌との共生によって空中窒素を固定しているのが,ドイツのヘルリーゲル H.Hellriegel とウィルファルト H.Wilfarth によって証明されたのは 1886 年である。 19 世紀末にはチリ硝石の埋蔵が少なくなり,窒素肥料の合成の必要性が叫ばれ,電弧法により硝酸が製造され, 1906 年にはフランク=カロー法による石灰窒素の工業的製造, 1913 年にはハーバー=ボッシュ法による合成硫安の工業化が開始された。

カリ肥料は 1856 年にドイツのシュタスフルトでカリ鉱床が発見され1861 年に塩化カリ工場がそこに設立されて生産を開始している。このころから,化学肥料がしだいに天然の有機質肥料に代わって主流を占めるようになる。そしてすでにこのころから,化学肥料が家畜や人間の健康を損ね,土壌を劣悪化するのではないかと主張する人々もあらわれたが,アメリカ合衆国下院の委員会で〈化学肥料のために人間または家畜の健康に有害な影響が生じたという確固たる証拠はなかった〉という結論も得られた。しかしこの論争は現在も続いている。
(以下略)
(茅野充男 筆)



2、[日本]

 日本における最初の肥料は苗草 (生草) であって,登呂遺跡から出土した田下駄はこれを踏み込むための農具であったと考えられる。この苗草は,8 世紀の初めころからは,かなり一般的に使われたようであるが,それ以後の基本的な肥料としては,苗草にあたる青草と山野の草木を焼いた肥灰 (こえはい)とが用いられた。 人糞尿は古い時代には用いられた確証がないが, 遠肥は《延喜式》にみられる内膳司の園の蔬菜 (そさい) 栽培に,左右馬寮より出る遠肥が用いられている。

しかし一般農民が家畜をもち,それを年中舎飼いして遠肥が重要な肥料となるのは中世に入ってからのことである。
ことに水田肥料の使用が大きな問題となってくるのは,中世の畿内,山陽道に水田二毛作が普及した後で,そこでは山野の草木を青刈りのまま,あるいは遠(うまや) に入れ,あるいは灰に焼いて施したのであった。中世の農業事情を示すといわれる《清良記》が遅効性を中心とした肥料論を展開し,採草給源としての山野の利用問題に言及していることは, 刈敷(かりしき) が当時の主要肥料であったことを示すものである。このような事情は近世になってからも同様で,領主への年貢生産と自給だけを問題とする経営では,やはり上記のような刈敷,遠肥,堆肥,灰が基本肥料であり,人糞尿も補助的に重要視された。

ところが近世における三都 (江戸,大坂,京都) をはじめとする都市の発展は,商業的農業を発達させ,蔬菜や加工原料農産物の販売は,農業外部からの肥料購入を可能にした。購入肥料の中心は油かす類,魚肥 (干陛(ほしか),ニシンかす),人糞尿であった。明治の初年までは,このような状態であったが,中期以後はダイズかすが登場してきて魚肥とともに肥料の中心となり,末期からはさらに化学肥料が用いられるようになってくる。過リン酸石灰を第 1 とし,やがて硫酸アンモニア (硫安) が用いられるようになるが,昭和恐慌後,急速に国内肥料工業が盛んになるまでは輸入品を中心に用いていた。
(三橋時雄 筆)


3、「日本の肥料工業」

・第2次大戦前
 日本においては、肥料の中心をなしたのは19世紀末ころまでは江戸期以来の魚肥であったが、日清・日露戦争後に大陸からダイズかすが安価に輸入されるようになり、大正中期まではダイズかすの時期が続いた。
 一方化学肥料については過リン酸石灰工業が最も早く発達した。1887年に東京人造肥料会社(現 日産化学工業)が渋沢栄一らの協力により設立され、(略)、90年には多木肥料製造所が、92年には大阪硫曹も生産をおこなうようになった。(略)
 窒素肥料工業は1909年日本肥料(現チッソ)が石灰窒素を生産したことに始まる。第一次世界大戦後は合成硫安が登場しチッソ肥料の中心的位置を占めるようになる。(略)
 1930年代、硫安工業は外国硫安との競争が除かれたこと、農村不況が回復し需要が順調に増加したこと、さらに軍需の増大と結びついたことから順調に発展した。しかし日中戦争、太平洋戦争が激化するにつれて、硝酸など直接軍需品の生産増加、原料途絶、戦災などのため生産は急速に減少していった。

・第2次大戦後
 政府は食料増産、経済復興をめざし、鉄鋼、石炭などとともに肥料工業を重点産業とした。(略)この結果、49年までには各肥料とも戦前最高水準まで生産は回復し、輸出余力も生じるようになった。硫安の輸出は48年からGHQの命令により開始されていたが、(略)
(清水敏聖 筆)


以上引用終わり

簡潔で分かりやすかったと思います。大辞典ですから。ただ、ものの見方には色々ありますし、あるいは記載されていないこともあるかもしれません。


私の勉強のための愛読書に「守田志郎」さん(1924-1977)の本があります。「農家と語る農業論」には化学肥料の日本での展開が書かれていました。
箇条書きで要点をまとめてみました。


1、明治になってからはじめのうちは、肥料というものは堆肥とか人糞というものでやっていくんだ、乾田馬耕で堆肥やら魚粉やら(※)大豆粕を入れたりしていくという努力がねられてきた。ところがヨーロッパから学問が入ってきて、日本は突然に学問と学者を尊重する世界になり、チッソ、リン酸、カリという化学肥料単肥としてそのまま農家に指導していく。

 ご本尊のドイツでは、あくまで農家の実践する堆肥が主体であり、それで作物に必要な養分は得られるが、化学肥料単肥を施すとより良くなるものもある、といった補完的なものとして農家に普及をする。
ところが日本(明治政府)では化学肥料単肥があれば堆肥は不要という、現場を無視した学問だけで突っ走っていく。学者の出した学問をそのまま絶対視して農家を指導しようとした。

2、日本でも明治の後期には硫安をつくっている。つまりチッソは工業的に作られ、当時の工業と言えば鉄工業であり軍需産業であった。硫安は硫化鉄鉱から鉄を作る過程で副産物として作られてきた。軍需により副産物としての硫安も大量にでき、それをどんどん農業にぶちこんでいく。
 化学肥料にばかり依存する必要性は当時の農業にはなかったけれど、「化学肥料という「国策」と「指導」が強力にはいった。」

3、第2次世界大戦のあとでは、占領軍のアメリカが食料不足解消のために化学肥料を大量に使わせたことは想像に難くない。

4、その後も同じ構図で、たとえば耕運機ができると、牛を飼って堆肥を作っている農家に、県や農協の指導員がやってきて、そんなのやめて化学肥料を使いなさい、と指導していく。

(※)別の本では魚粉も日露戦争で大量に出た魚の処分のために政府が農業に使わせたと読んだことがある。



ここからは私の感想です。


1、農家は化学肥料が楽に短期的に収量が上がるから大喜びで飛びついたのだと思っていました。仕方ないのかなと思っていました。
しかし守田さんの書では、どうも国策で押し付けられた感がある。(戦争も自然破壊開発も原発も立派な国策です)

 農家は喜んだのだろうか、本当は体験的にそれらが不要であり、むしろ長期的に土をダメにすることを感じていたのではないだろうか。だけど国策でやむなし(抵抗しづらいようにいろんな手で締めつけられたのかもしれない)、しかも短期的に収量が上がるからはっきりと断る理由もなかったのか。そのあたりはもう少し調べてみないと断定できないが。

2、戦争が日本を欧米列強から守るためであり、そのために持続的農業よりも化学肥料による効率的大増産を図ったというのなら、理解できなくもない。(戦争賛成派ではありません)。農民が兵士としてとられたら手のかかる堆肥もつくれまい。材料も不足したかもしれない。
 また太平洋戦争後の食糧難を考えれば、その時期に化学肥料で増産を図ったことも理解できる。

 しかし「もはや戦後ではない」現在、同じように化学肥料と農薬に頼る農業が果たしていいのか。なぜ方向を変換できないのか。一度決めたことは曲げられない役所体質なのか。安全な農業より肥料メーカー(経団連)の利益を優先しているからか。農協の重要な販売アイテムだからか。

 化学肥料を使い農薬を使う農業を慣行農法という。
これは完全にネーミングのイメージで人を洗脳する手法だと私は思っている。誰でも慣行と聞けば、昔からなされてきたものだと思う。
しかし、化学肥料誕生からわずか100年でしかない農法で、とても慣行と言えるものじゃないでしょう。

農家は肥料に限らずあらゆることで昔から戦争や国策に振り回された来たんだと思う。国策か。。。。

3、「日本の肥料の歴史」に、「日本における最初の肥料は苗草 (生草) であって,登呂遺跡から出土した田下駄はこれを踏み込むための農具であったと考えられる。(略)。中世の農業事情を示すといわれる《清良記》が遅効性を中心とした肥料論を展開し,採草給源としての山野の利用問題に言及していることは, 刈敷(かりしき) が当時の主要肥料であったことを示すものである。」

 これはまさに私の無肥料農法です。^_^;。つまり本来はこれでいいということです。効率は多少悪いけど、あまり極端に悪いわけではありません。今は戦争中じゃないんだから、いいじゃないか。本当に自然界に負荷を与えず、人間の体に良いものを追求する時代じゃないの?

 ちなみに江戸期都市部の商業的農業の肥料体系は、現在も一般的な有機農業と同じです。(人によって肥料も千差万別ですが。)

 そうか、登呂遺跡か。清良記か。。。。なんだか古人に応援されてる気がしてきたぞー^_^;
by shizenchiyuryoku | 2012-01-17 22:32 | 基本的な考え方 | Comments(0)

自然治癒力を高めよう


あけましておめでとうございます。

皆さんをはじめとし、すべての生き物にとって健やかで平安の年でありますようお祈りいたします。


昨年は多くの困難があった年でした。2012は良い年であることを願いますが、世界の経済・政治では大きな問題が起きるでしょうし、自然現象についても何が起きるか分からないと思います。

ですが、それらの事象は私たちがコントロールできるものではありません。だからヘンに身構えて心身ともに疲れてしまったりしないで、私たちにできることにフォーカスして、健康第一で幸せに過ごしていきたい、過ごしていただきたいと思います。



まずは普段から心身の自然治癒力を高めることに気を使いながら毎日を過ごすことに尽きると思います。

そのためにも西洋医学科学万能主義に少しづつサヨナラしていきましょう。

たとえば、風邪をひいて熱が出た。現代一般的には医者に行って薬を飲んで栄養とって休みましょうとなりますが、ここの読者の方はそんなのおかしいとご存知ですね。熱が出るのは体がウイルスとたたかうための援護射撃であり、つまりは自然治癒力ですね。それを薬(曲者)で無理やり抑え込んでも根本はなにも解決されておらず、逆に自然治癒力を弱めていることになります。こういったことが繰り返されれば、体はどんどん弱っていき、薬に頼らないといけないように弱くなる。皆さんご存じのことでしょうから、しつこくなるのでやめておきます。

野菜についても同じです。肥料過多で弱った野菜に農薬をかけても、根本はなにも解決していない。農薬や農薬をかけた野菜が問題でなく、農薬をかけねばならぬほど弱った野菜に問題がある。病虫害をよびよせる野菜とその原因に問題がある。そのために無肥料で健康に育てる、ということです。
「自分の食べるものはみな、良きにつけ悪しきにつけ、自分の体の一部となる」とは有名な言葉です。弱ったものを食べて、丈夫な心身が保てる理由がありません。(でもたまにはたべてもいいですね^_^;)


そして「微生物を大切にしましょう」。本当のエコロジーとはハイブリッドカーに乗ることでもなく、電気節約家電を買うことではありません。それらは広告の洗脳です。
エコロジーとは
the way in which plants,animals,and peoples are related to each other and to their environment(LONGMAN AMERICAN DICTIONARY)
であり、すべての生き物たちとの共生であるということです。特に微生物との共生が大切と考えます。何かをするとき、「これは微生物たちが喜ぶことだろうか」と自問してください。車に乗って微生物は喜びますか?電気を節約したからと微生物が喜びますか?微生物がイエスと言う行為こそ、私たちが心がけるエコロジーに違いありません。微生物の驚異については機会があったら書きたいと思います。


自然治癒力を高めるために健康な食品を食べることはわかりきったことですが、他に何か方法がないでしょうか。色々あるでしょうが、今回はKUSHI MACROBIOTIC ACADEMYの「マクロビオティックライフスタイル14のご提案」の中から私が気に入っているもの3つを省略抜粋転用して、新年のあいさつとさせていただきます。

1、毎日を楽しく過ごす。体をまめに動かし、頭と体を活発に働かせる。毎日歌を歌う。

2、すべてのひと、すべてのものに対して感謝をこめてあいさつをする。食べ物と自然に感謝するよう皆にすすめる。

3、可能であればシンプルな服を着て毎日戸外に出る。裸足で地面、砂浜、畑(畑は私の追加)を歩く。特に自然の美しいところへ行く。


皆様にとって素晴らしい年でありますよう、重ねてお祈りいたします。
by shizenchiyuryoku | 2012-01-04 19:56 | 基本的な考え方 | Comments(0)

カテゴリ

全体
基本的な考え方
土作りについて
イベント
雑草の楽しみ
庭を畑にする
食料安全保障

最新の記事

日本の野菜は海外で「汚染物」..
at 2017-01-14 22:07
自然の循環の中で栄養は供給される
at 2017-01-01 21:18
きれいな花は子孫を残すため
at 2016-03-27 11:59
食料は足りるのか
at 2016-03-13 11:00
自然農法の土つくり2
at 2016-01-11 11:25
下ノ畑二行ッテ来マシタ
at 2015-08-22 19:57
芒種の本当の意味
at 2015-06-14 18:09
ゆく河の流れは絶えずして
at 2015-05-09 21:36
学会で認められる不耕起・草生栽培
at 2015-03-21 21:35
ムッシュー山下朝史とフレンチ..
at 2015-01-17 19:14
100年前の神奈川県の食事
at 2014-12-27 23:02
「二百十日の畑の様子」その後..
at 2014-11-16 22:38
「二百十日の畑の様子」その後
at 2014-10-05 00:12
二百十日の畑の様子
at 2014-09-01 00:31
種を採る
at 2014-06-15 21:14
春の楽しみ
at 2014-04-13 23:44
安心安全な野菜は種で選ぶべし
at 2014-03-19 20:57
無肥料栽培は美味しい!
at 2014-02-02 11:22
Life in all it..
at 2014-01-12 18:12
2013秋の無肥料畑
at 2013-11-02 23:39

検索

以前の記事

2017年 01月
2016年 03月
2016年 01月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 03月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 06月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月